構造最適化

分子構造で重要なのは物質の性質を支配する安定構造です。一般に結合角や、結合長を含めて安定配座(stable conformation)と呼びます。安定配座を求めることは、分子構造計算で最も重要なことの一つです。
安定配座を求めることを構造の最適化(optimization)といいます。

構造最適化では、まずコンピューターに計算する分子構造を適当な配座で入力します。最近のソフトウェアでは、グラフィックユーザーインターフェース(GUI)で、パソコンの画面上で計算する分子を構築することが出来ます。パソコンは、構築された分子の構成原子の座標を計算し入力ファイルを自動的に作成し手くれます。  
構築された分子構造を初期配座或いは初期構造といい、初期配座を基にコンピューターは構造最適化を行います。

コンピューターは、まず初期配座の立体エネルギーを計算します。初期配座はほとんどの場合、安定配座より高い立体エネルギーを持っています。その後、分子内の原子を少しだけ動かした、第二の構造の立体エネルギーを計算します。このとき初期配座と比較してエネルギーが低ければより安定な構造が得られたと判断します。再び、原子のいくつかを動かし、同様に立体エネルギーを求めます。エネルギーが高くなってしまった場合は、元に戻って原子を動かし、より低い立体エネルギーをもつ配座をもとめます。このような操作を繰り返し、より安定な配座を求めていきます。即ち、分子は、コンピューター上で配座-立体エネルギーダイヤグラム上を、試行錯誤をしながらどんどん下っていきます。これをiteration(繰り返し)といいます。そして、配座-立体エネルギーダイヤグラムの極小値に近づくと、立体エネルギーは下がらなくなり、ほとんど立体エネルギーが下がらなくなったとき、コンピューターは、安定配座が得られた(構造収束)と判断し、計算を終了します。

コンピューターが求めた安定配座は、極小値に極めて近いのであって完全な極小値ではありません。
たとえば、下の図で配座Aを初期配座として計算を開始した場合、図に示すように、配座A’が安定配座として求められます。配座Bを初期配座とした場合、構造の最適化で同じ最小値Xに向って進みB’を安定配座として与えます。しかし正確には安定配座A’は、極小値Xに非常に近い配座で、厳密に最小値Xと一致することは稀です。安定配座B’も同様で、拡大すると安定配座A’及びB’は、わずかに異なった配座で、それぞれで対応する結合距離、結合角、二面角などもわずかに異なります。つまり、初期配座が異なれば、求められる安定配座は異なってもおかしくないということになります。しかし、それらは計算精度を考慮すると誤差範囲と考えてよいでしょう。実際の物性の議論では全く問題の無い違いです。以上のように構造安定化では、配座ー立体エネルギーダイヤグラムの勾配が極めてゼロに近い配座を求めます。
 

 
勾配が非常に小さいときもあり、その場合注意が必要です。たとえば配座Cを初期配座とした場合、途中の勾配の小さいところで、安定配座ではないにも関わらず、コンピューターが安定配座に達したと判断し、配座C’を安定配座として計算を終了してしまうことがあります。実際には、最小値、極小値以外で完全に傾きがゼロになることは極めて稀です。多くのプログラムでは、安定配座を判断する傾きを設定する項目がありますのでその値を小さくします。しかし値を小さくすると構造収束に必要なiterationが増え、非常に時間がかかってしまうようになります。

 初期配座が異なると全く異なった配座を求めてしまう場合もあります。初期配座を配座Bとしたとき、構造最適化では別の極小値Yの配座B’を安定配座として与えてしまいます。構造の最適化では初期配座の設定は重要です。たとえば、ふね型配座のシクロヘキサンを初期配座とした場合、ねじれふね型配座のシクロヘキサンを安定配座として与え、最も安定ないす型配座を与えることはありません。いずれも安定配座ですが、ねじれふね型配座は極小値(local minimum)であり、最小値(global minimum)ではない、このような危険性を常に伴っていることを忘れてはいけません。Global minimuimを求める工夫については後述します。